| 邦題『二人のシーズン』。68年のアルバム。いわゆる「サージェント・シンドローム」の影響下で作られたアルバムですね。その手の話題では必ず挙げらる作品です。
実際、ジャケからしてそれっぽい。しかし、結構どぎついサイケ風にも見えるし、「ゾンビーズ」という名前もあいまって手を出すのをためらっている人も多いのではないのでしょうか。ぼくはそうでした。
えー、僕が入っていたビートルズのサークルは年に何回かライブをやっていて、そういう時期はキャンパス内に「出店」を出していました。中庭とか、適当な場所に机と椅子を用意して、チケットを並べて売るわけですな。(今でも多分やってるんじゃないかな)
まあ、そんな事したって大して売れるわけもないのですが、言ってみれば雰囲気作りですね。ライブやるぞー、という。
そういう風に「ビートルズ」の立て看板立てて、座っているとたまに話し掛けてくる人もいる。ビートルズ好きな外人の留学生とか。相手してたら挙句宗教の勧誘されたりとかね。(僕が相手してたわけではないですが)
そして、これも僕が直接応対したわけではないけど、「ブリティッシュ・ビート研究会」の人が話し掛けてきた時があった。「ブリティッシュ・ビート」とつくからにはビートルズのサークルと交流があってもよさそうなものだけど、全然なかった。それだけではなく、個人的には「音楽に博学そうな硬派な人達」という、そこはかとないコンプレックスを感じていました。こっちはビートルズばっかりという事で。
その「硬派」な彼が、「僕達もポップなものではゾンビーズとかもやってます」と語っていたそうだ。その発言に僕は二つの感想を持ちました。
1.やはり彼らは硬派だ。そもそもゾンビーズって誰だ? 名前は聞いたことあるけど、どんな奴らか全然知らんぞ。それを称して「ポップ」とは。
2.(素朴に) ゾンビーズってポップなのか?
以上二つです。
ものは試しで聴いたみると、確かにポップだ。このアルバムに関して言えば、かなりもろビートルズしてます。それも中期のポール系です。すごい高品質だとは思うのだけで、あまりにそのまんまでやや苦言を呈したくなるきらいもある。
元々の彼らの持ち味は、たとえばコリン・ブランストンのややハスキーな声であり、微妙に黒っぽいフィーリングであったりするのだろうが、そういう意味ではこのアルバムはあまり持ち味が出てないのではないのでしょうか。
ただ、代表曲の[12]は全開ですな。すごくエッチな感じで好きです。薄暗い照明の中、ミラー・ボールをきらきらさせながら演奏してもらいたい。
このアルバムの録音の最中からバンドは解体状態にあって、[12]がアメリカで火がついた頃には、バンドは既に存在せず、結果、「ゾンビーズ」と名乗る偽バンドが複数現れたらしい。
関西地区には一時期「阪急の福本です」と名乗ってただ酒を飲む偽者がいたそうだけど、顔を覚えられているような、覚えられていないような、微妙な線だったのでしょうね。(うらわ) |