| 最初にもう書いておこうと思うのだけど、このアルバム、結構いいです。隠れた好盤というやつですね。
このアルバムを初めて目撃したのは、HMVかどこかだと思うのだけど、完全に海賊版だと思いました。モノトーンなジャケ、ぼんやりピントのずれた写真。一番上には"11
ORIGINAL NEVER BEFORE RELEASED SONGS"、その下に一応タイトルらしきものが書いてあるけど、それよりも全然目立つように、"from the former Badfinger"とやけに強調されて書いてある。海賊盤にありがちなやり方である。それに、Tommy
Evansというのは当然あのトム・エヴァンスのことだろうけど、with Rod
Roachのロッド・ローチって誰?
まあ、ジャケ的にはすべての証拠が「これは海賊盤である」と語っているかのようで、「HMVともあろうものが海賊盤を置くとはどういう了見なのだろう? 間違えて流れてきちゃったのかな?」と不思議に思ったものだ。
ところがしばらくすると、他の大手CDショップでも見かけるようになった。ということはやっぱりこれは正規盤?なのだろうね、と認識を変えたが、買うとなると…ちょっとこのダサ過ぎるジャケが気になった。それにジャケから想像されるのは「いかにもデモ然」とした遺稿集的なものだし…。妙にてれてれジャムったり、笑い声が入っちゃったりして、楽しげのような、なんか哀しげのような、みたいな。
と、勝手に色々想像して、いつも気にはしてはいたが買わなかったこのCD、いつのまにやら店頭から姿を消した。「あれ、そういえばこの頃見ないな」と気づいてみたら、あらゆるところからもう姿を消している。で、無いとなると欲しくなるのが人の性というもので、その後中古屋とかでも気にしていたのだが、この手の品って「確信的なファン」しか買わないから、流れてこないのだよね、中古市場に。
結局、どこのCD屋で見つけたのかは忘れてしまったが、かなりうれしかったのだけは覚えている。値段も「普通の中古CD」程度だったと思うのだけど、僕にとってはレア盤なので、何となくこっそり買った。
ライナーによると、ロッド・ローチとトム・エヴァンスが初めて出会ったのは79年。最初、コマーシャル・ソングやいわゆるジングルを二人でレコーディングしていたらしい。それから83年まで断続的に行われたコラポレーションが本アルバムの元音源ということらしい。
途中、80年にはトムはジョーイ・モーランドとフロリダで合流し、再々結成バッドフィンガーとして『セイ・ノー・モア』を録音しているが、なる程この時トムとロッドの共作曲"Crocadillo"が収められている(この曲、なんとワインのCMソングとして書かれたものらしい)。ロッド・ローチもレコーディングに短期間加わったようだが、「自分のロック/ブルース・ルーツはバッドフィンガーのイメージと相反したので、数週間で引き返した」と語っている。
トム・エヴァンスは83年に自殺してしまったわけだが、4トラックで録音された「デモ集」はロッド・ローチが保管していたが、その中の数曲が別ルートでブートレグとして流出したのがきっかけで、ちゃんとした機材でミックスをし直し、音を追加して出されたのが本作。
一曲目、"Waitd Too Long"でまず印象的なのは音のクリアさと、トム・エヴァンスの清々しい歌声。この人は、あの眉毛かなり濃いめのごっつい顔からは想像できないようなハイ・トーンな澄んだ声の持ち主なのだよな。ここでもそれは完全に健在。とにかくほれぼれしてしまうきれいな歌声。
ソング・ライターのしてのトム・エヴァンスはアイヴィーズ、初期バッドフィンガーで一つのピークを迎え、後期バッドフィンガーでは何となく影の薄い存在だったが、ピートの死後の仕事は大ホーム・ランこそないものの、かなりいいものが多いのではないだろうか。『ガラスの恋人』なんか割りと僕は好きな曲が多い。『セイ・ノー・モア』はどうにもジョーイ色が強いアルバムだが、この『オーバー・ユー』に収められた曲達も好作ばかりである。やはりこの人は独特のセンスを持ったメロディー・メイカーなのだな、と再認識させられた。趣味が良くて可愛いメロを書く。
音のクリアーさについては先にも触れたが、とにかく自宅4トラで録音されたものとは思えない。ここまで仕上げたロッド・ローチの仕事には敬意を表したい。例えばピート・ハムの"7
PARK AVENUE"のようなばらばら「かき集められたマテリアル」といったような印象はなく、ちゃんとしたトータリティーを持ったアルバムとして仕上がっている。まあ、それ自体(手を加えまくってあること自体)賛否別れるところかもしれないが、僕は支持したい。少なくともトムが意図した音とかけ離れたものにはなっていないと思うのですよ。
あと、どの曲も「なんとなく録ったデモ」ではなく、はっきりと「発表するためのデモ」だと思うのですよ。本録音を目指した気合いの入ったデモ。あくまで前向きな。
それが、どうしてあんなことになってしまったのか、僕には分かりませんが…。
最後にまた書いてしまうけど、やはり、ジャケがね…。"from the former Badfinger"という言葉はいらなかったと思う。でっかく"Tommy
Evans"で十分だ。昔の名前など使う必要などない、素晴らしいアルバムなのだから。
(うらわ) |