| オノ・ヨーコと「IMA」の一員として来日を果たしたり、音楽の道を歩むことが明らかだったので、ショーン・レノンがデビュー、と聞いても「まあ、そうだろうね」という感じだったのですが、「グランド・ロイヤルからデビュー?
ああ、なるほどね」と増々納得、みたいな。何となく音の察しがついたので、ずっと聴いてなかったです。
本人も認めているとおり、「グランド・ロイヤルから出した」ということは一種のアナウンスであり、表明ですよね。「このアルバムにジョン・レノン的なものを求めても無駄である」という。はっきり言って、上手いことやったなあ、と思いました。ジュリアンの轍を踏まない最高の方法かも。ショーン君からしたら、こんなページで取り上げられること自体、不本意なんではないでしょうか。
グランド・ロイヤルについて語るのは、このページの文脈上かなり難しいし、僕も語るのに相応しい人間ではないのだけど、さらっとだけ。
グランド・ロイヤルはビースティー・ボーイズが主宰するレーベル。「グランド・ロイヤルの音」っていうのはグランジ後の感覚として確かにあるのだけど、スタイルと言うより感覚的なものなのでなかなか言語化が難しい。僕なりに乱暴に表現すれば、「原始的な音」。サンプリングも当然多用するし、テクノロジカルな意味で原始的なわけではないのだけど、「サンプリングした音」も「ドラムをガシガシ叩く音」も「(さっき弾き方を覚えた)アコギの音」も同列に扱うような感覚。ある意味非常に素朴に「面白い音なら何でもいい」みたいな。
どうしてこういう音、感覚が出てきたのかは色々な流れがあるのだろうけど、なんとなくカート・コバーンあたりが「いいドラマーの条件はとにかく音がラウドであること」と断言した頃から「原始的な音」が発生し始めたような気がする。で、ベック、ジョン・スペンサー、ビースティーなんてのは、やってるスタイルは全然違うけど、共通したセンスがどっかにあると思うのだ。
それらがこれからどういう風に変化していくのかは知らないけど、例えばビートルズやツェッペリン、フロイド、ピストルズ、そういった先人達が作った「音の文法」を一度ご破算にして、目の前に並んだ楽器、機材でもう一度素朴に音を出していく。時にメロディアスに、時に破壊的に、時に思ったよりも温故知新的に。
で、そういった流れにのってショーンはアルバムを出したわけで、まあ、僕が聴くような音ではないとは思ってたのですが、たまには「うわー、近頃の若いモンの音は尖ってるのー。おじさんには全然分からない。でも、少し分かるかも」みたいな思いをしたくてこのアルバムを買ってみました。
だけど、ちょっと「ん?」という感じ。時にボサノバチックに、時にラウドに、まあ、この力抜けまくりの音がグランド・ロイヤルの音と親和性があるのは分かるけど、「こんなもんなのか」と正直思ってしまいました。「もっと脱力してもいいかも」あるいは「もっとゴリゴリやってもらってOKかも」みたいな。なんか中途半端?
もっとぶっちゃげて言っちゃえば、クオリティーの問題? あるいはショーンのボーカルのチャームの問題?
上で書いたような「グランド・ロイヤル的な音」というのはかなり感覚的なもので、そういう音が出せる人は出せるし、出せない人は出せない。「原始的な音」というのは一歩間違えれば学芸会だから。
そんな中、表題曲のボサノバ、[2]だけが非常に非常に素晴らしいのは、本田ゆかのボーカルのせいか? この曲だけがショーンが目指した「良きヴァイブ」出まくりだ。この一曲で、私的には投資分OKです。
こういう比較は本人達に失礼だけど、兄ジュリアンが父親のスタイルを踏襲して非常に完成度の高いファーストを出したのと対照的に、正直、まだ海のものとも山のものともつかないアルバムと思います。個人的には本田ゆかの方が気になります
(^^;) 。(うらわ) |