| お願い:以下、結構おセンチな文章なので、その手ものが苦手な人は読まないで下さい。
このページの趣旨から考えると、ジュリアン・レノンなんてのはいの一番に取り上げても良さそうなものですが、今日まで来てしまいました。この人に関しては結構難しい…。何だか純粋に音楽を楽しむ前に色々考え込んでしまうのですよね。この人の進むべき音楽性とか、置かれた立場とか。僕が考えても仕方ないのですが。
このアルバムを聴きながらふと思い出したヨーコの言葉。大体こんな感じだったと思う。「ジョンはポール・マッカートニーに出会わなかったら多分世にも出ず、酒場で酔いつぶれながらすごい詩を一人書いたりしていたのではないか」
これを聞いたときはなるほどと思いました。確かにそうかもしれない。
そこから連想して勝手にこんなことも考える。「もしビートルズが解散した時ジョンがヨーコと出会ってなかったら、ジョンのソロ・キャリアはどうなっていたのだろうか?」
『ダブル・ファンタジー』は当たり前として、『ジョンの魂』や『心の壁、愛の橋』のようなアルバムも生まれなかったのではないでしょうか。
ポールに出会わなかったジョン、ヨーコに出会わなかったジョン、想像しただけでなんだか頼りなげで心細げな様子が思い浮かぶ。ジョンという人は「あなたはすごい」と断言してくれる大きな存在がそばにいて初めて、確信に満ちた詩を書き、音楽を創り、稀代の皮肉屋にもカリスマになれたような気がする。
このアルバムは決して駄作ではないし(傑作と言っていいのかもしれない)、ジョンという存在と結びつけすぎて考えるべきではないのだろうけど、ふと頭をよぎった「ポールにもヨーコにも出会わなかった人の創ったアルバム」というイメージが頭から離れなくなった。
初期のジュリアン・レノンは、声が抗いがたく父親に似ていただけでなく、はっきりしたフックを持った曲を書くという意味でも『ダブル・ファンタジー』期の父親の資質に近いものを感じた。明快にキャッチーなフックはリチャード・マークスあたりを連想しなくもありませんでしたが(笑)。
このアルバムの前作『ヘルプ・ユアセルフ』ではヒュー・パジャム風打ち込み仕立ての曲があったり、同時に「ソルトウォーター」や「ヘルプ・ユアセルフ」あたりでは父親譲りのメロディーを聴かせたりもしていた。つまりは「非ジョン的」なものと「ジョン的」なものが混在した、ある種分裂的なアルバムだった。本人も自分はどんな方向の音楽に進むべきか迷っていたと思うのですよ。
そして、ファンも迷っていたのだと思うのですよ。彼にどれだけジョン的なものを求めるべきなのかどうなのか。創り手も聴き手も一種倒錯的な気持ちを持ったまま、彼のキャリアも「なんだかな」という感じで停滞しきっていた。(その倒錯はこのアルバムをもってしても終わっていたないと思うし、彼が音楽活動を続ける限り続くと思う)
そこら辺、父親の影からほとんど自由に見えるショーン・レノンとは大きな違いだと思う。これは資質の違いもあるでしょうが、やはり生前のジョンとの関係性が大きいとしか思えない。
ピアノ、ギター、ドラム、薄いストリングス・アレンジと非常に「クラッシック」なアレンジのこのアルバム、帯に「これこそ真のジュリアン・レノンのファーストアルバムだと感じる」というジュリアン自身のコメントが載っている。確かに気負ったところが全く感じられない。
無理に新しいジャンルに挑戦しようとか、「ジョン的」であろうとか、「非ジョン的」であろうとか。
このアルバムを最初に通して聴いた印象は「なんか全曲同じ感じ」。以前のように思わず口ずさんでしまうような強力なフックを持った曲が一曲もない。
どの曲もジャケットのようなくすんだ静かなトーン。決して暗くもないし、後ろ向きだとは思わない。どちらかというと(こんな言い方は照れてしまうが)何らかの決意みたいなものに満ちたアルバムだと思う。
ずっとつきあっていた女性と別れた後ということもあって、自然、別離に関する歌も多いようだが…。しかし、そんなことを抜きにして聴いても、その静かさから感じられるのは「ひどい孤独」。
やはり彼が辿ったキャリアが色濃く反映されているようにも思う。はっきり言って彼は力強さを感じさせるタイプの人間ではない。ピアノに独り静かに向かっている男。ある種の達観と決意をもって。しかし同時に「ポールにもヨーコにも出会わなかったジョン」のイメージが何となくでは僕にはだぶってに見える。淡々とした曲をゆっくりつむぎだすことで、二人の像は緩く重なり、そして離れれいいく。一段階倒錯は決着がついた。でも、恐らくそれは完全に終わることがない。
ただ、こんなことを書いてきてなんだが、ジュリアン自身の記したライナーを読むと、意外と本人は屈託がない。たとえば[5]は意図的にビートルズっぽい曲を書いたとのこと(そう?)。そしてオリジナルの最終曲[14]は父親に捧げた曲。「ルーシー・イン・ザ・スカイ」っぽいアレンジや歌詞が途中聴ける。しかし、これは明らかに「ジョンっぽい」というより「ジョンに捧げた歌」。
ちなみ上のジャケは初回限定のフォトスタンド風ボックスに入った豪華版。中には小さなフォトアルバムが入っている。
ボーナス最終曲は、なんとアメリカのファースト・アルバムからのカバー。ただ、正直言うと、アルバムの一貫性を考えると最後の2曲は要らないように思う。
静かなトーンのある種淡々とした曲の連なり。このアルバムだけでなく、延々とこういうアルバムを発表していていってもらいたい。きついだろうけど。「僕はジョンのアルバムよりジュリアンのアルバムの方が好きだよ」というファンが(たくさんではないしろ)現れるまで。
(うらわ) |