| みなさん、どうやって「お気に入りのアーティスト」に出会い、CDなんかを買ったりしているのでしょうかね。意識的に音楽雑誌やバイヤーズ・ガイドから自分の気に入りそうなアーティストをピックアップする場合もあるでしょうが、偶然、というのも結構ありますよね。
例えば、好きなあの娘が(あるいは気になるアイツが)、「これいいよ」と薦めてくれたので、速攻無理して聴きまくってるうちに、なんとなく他のアルバムも買いまくって、なんだか愛聴しまくってしまい、バイオ本まで買い研究し、あの娘(あるいはアイツ)なんかよりそのアーティストの方が好きになってしまったりして、しまいには、あの娘/アイツがそのアーティストについて語るのを聞くことにさえいらだちを感じ始め、「おめえはこのアーティストのことを全然全くこれっぽっちも分かっちゃいねえ!!」と心の中で叫んでしまったり、あるいは本当に叫んでしまったりする、とか。これは古人諺に言う「将を射んとせば、まず馬を射よのつもりが馬に注目しすぎて将より馬に夢中になっちゃった」というやつですね。
まあ、そんなアーティストとの出会いは特殊ですか。というか、普通そんなことあり得ないですか。
普通はどうなのか、といえばやはりラジオ辺りですか。何気なく聴いていたラジオからぐっと来るものが流れてきて、いい具合にDJが曲の終わりにアーティスト名/曲名を言ってくれたりして、段々そのアーティストに注目していく、みたいな。
僕の高校生くらいの頃はラジオより圧倒的にテレビだった。ビデオ・クリップ垂れ流し番組全盛期で、一週間の内ほぼ毎日、その手の番組が深夜に流れていた。当然その代表が「ベスト・ヒットUSA」だったわけですが。
しかし、その後著作権というか放送使用料の問題が急浮上し、その手の番組は軒並み壊滅、小林克也さんの上手いんだか下手なんだか分からない英語も聞けなくなり、MTVが早朝頑張っていたが、それも撤退、萩原健太のヘンなセーターはともかく、光岡デュオンの笑顔も見られなくなってしまった。
毎日フル回転していたビデオ・デッキもめっきり録る機会が減っていったが、それでもチェックしていたのはビートUKあたりか。
多分、グラント・リー・バッフォローの[2]"Mockingbirds"を聴いたのは、というか見たのはビートUKではないだろうか。
これは…、ぐっと来ました。お、なんかすげえ曲だな、と。
世間にはポール・フォロワーとして知られるミュージシャンは多数いるし、良質な作品もたくさんある。
一方、ジョン・フォロワーはどうかというと、あまり思いつかない。レニー・クラヴィッツとかになるのかな。でも、彼の場合割りと意識的なフォロワーというか、悪く言うと「ファッションとしてのジョン・レノン」が好きなんだろうな、と思うときがある。
まあ、あまり良質なフォロワーがいないのはある意味当然ですよね。ジョンの場合、その人の佇まい・存在感が大変大きな意味をもっているので、これは真似できるべくもない。
一方、音楽的なジョンというのは、結構決まったパターンを持っていたと思うのですよ。だから真似しようと思えば割りと簡単に真似出来てしまって、結果「フォロワー」というより「たんなる真似っこやんけ!」と思うものが多いような。
しかし、上の"Mockingbirds"を聴いたとき素直に「ジョン的なもの」を感じました。
グラント・リー・フィリップス、ポール・キンブル、ジョーイ・ピータースの三人組のこのバンド、93年のファースト"Fuzzy"が玄人系の方に受けまくっていたが、「REMの弟バンド云々」という謳い文句のせいで、その頃はまるで興味がなかった。もう純粋に、たまたま見た"Mockingbirds"のビデオ・クリップにやられてしまったのだ。
ホワイト・アルバムの「アイム・ソー・タイアード」やソロ初期の2枚のアルバムに代表されるような、ジョンの持つ気だるさ、ヘビーさ、弱々しさ、皮肉、そして繊細さがこのアルバムの何曲かでは聴くことが出来る。[2][5][8]なんかは、かなりきてるんではないか。僕にとってはなんといっても[2]なんだけど。ジョン自身にもこれと比肩できる曲が何曲あることか。
もちろん、音楽的な幅はすごく広い人達なので、「ジョン的」なものだけを求めて聴くと肩すかしを食うかもしれない。でも、それだけの幅のある人達だから、ジョン・レノンという恐ろしく複雑な存在の「真似っこ」じゃなくて「フォロワー」たり得たんではないかと思ったりする。
(うらわ) |